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読書の感想とか

脳のなかの物語(『妻を帽子とまちがえた男』オリヴァー・サックス)

  オリヴァー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』を読んだ。この本は神経医でもある著者があらわしたエッセイ集である。脳の一部が機能不全を起こした患者たちについて書かれた本であり、タイトルもひとりの患者のエピソードがもとになっている。

 

 そうしたエピソードのひとつひとつは物語になっている。著者自身がそうなるように書いたからだ。この本の「はじめに」でも著者はそのことについて触れているが、著者自身がなぜ患者の体験を物語にしたかということについて直接書いている(と俺が思う)文があるので、以下に引用する。ちなみにコルサコフ症候群という数秒前の記憶も保持することができないという脳機能障害にかかった男性患者について書かれたエピソードについての文である。今度こそ引用。

 

われわれは、めいめい今日までの歴史、語るべき過去というものをもっていて、連続するそれらがその人の人生だということになる。われわれは「物語」をつくって  は、それを生きているのだ。物語こそわれわれであり、そこからわれわれ自身のア  イデンティティが生じると言ってもよいだろう。(p209、早川文庫)

 

 記憶という物語はそのひとをそのひとたらしめる上で、重要なものだと著者は考えていたことがわかる。上記の文は、そういった物語をこれからさき作ることのできない患者に対しての、著者自身のかなしみみたいな感情を表すものでもあるのだけど。

 

 やっぱ本はおもしろい。

 

妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)