よんでいる日

読書の感想とか

言葉というイデオロギー(『夜を乗り越える』、又吉 直樹)

 ベストセラーの『火花』を書いた芸人、又吉 直樹の本である。

 

 はしがきで作者はこう書いている。

 

「なぜ本を読まなくてはいけないのか?」「文学の何がおもしろいんだ?」「文学って知的ぶりたいやつらが簡単なことを、あえて回りくどく言ったり、小難しく言ったりして格好つけてるだけでしょう?」

 

 そのような質問に対して、自分なりに時間をかけて逃げずに説明してみようと思います。このことについて自分でも真剣に考えてみたいとも思いました。(p、4)

 

 

 上記のとおりこの本で作者は考えに考えている。太宰や芥川について書き、そのことに関連するような自分の経験について書き、本の読み方指南のようなことが書かれているかと思えば、文学へのシンプルな憧憬が書かれる。

 

 上記の三つの質問(それは文系が軽んじられている世の中の風潮を表している)に対して、作者は恐ろしいくらい細かく親切に答えようとしている。その集積がこの本だと俺は思う。

 

 だから一見、そんなことに関係のないようなことが書かれていたりする。しかし、関係のないことなんてなかったと読んでいるとすぐに気づかされる。本を読むということは、読み手のそのときの体調や年齢といった刻一刻と変わる要素と切っても切れない行為だからだ。印刷された言葉自体は変わらないが、それを受け取る側は、変化し続けている。

 

 彼女に振られたとき、腹が減っているときで読書の感じ方は違う。そういったことを、自分の学生時代の懊悩やびびるくらい金のなかった芸人の下積み時代や周囲の嫌なやつのことや友人のことなどを書くことで、表そうとしたのかとも思う。

 

 文章はめっちゃうまいし、表現は秀逸でおもしろい本だった。