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読書の感想とか

切実さは離れて見ると申し訳ないけどおもしろい(『腰痛探検家』高野秀行)

 そのままずばりな内容の本である。この本は腰痛の探検家の本であり、そして腰痛を探検する本である。

 

 著者は「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをして、それを面白おかしく書く。 をモットーに執筆活動をつづける辺境作家」であるそうだ。実際にインドへ不法入国して捕まって、大変な目に遭いそうになったりしたというエピソードがこの本にも書かれており、行動力が旺盛なひとであるとそのことからもわかる。

 

 そういった体が資本の探検家が腰を痛めて自由に動けなくなる。どうにかその腰痛を治さなくてはと考えてさまざまな療法を試していく、腰痛の探検の過程がこの本の内容である。

 

 俺も軽い腰痛を抱えており、もしかしたら腰痛にいいなにかしらの療法が見つかるかもしれないと思いながらページを繰った。だが、そのうちこれは腰痛を治すためにさまざまなことを試した=腰痛を探検したということをつづった本ではなく、その腰痛に支配されそうになった著者がどうにかこうにか腰痛から逃れる過程を書いた本なのではないかと思うようになった。

 

 実際に著者はこの本の後半では、ほとんど腰痛に支配されて平時の生活を営むことができないようになっている。腰痛の原因はもしかしたら心因的なものかもしれないと考え、抗うつ薬を服用して体がうまく動かなくなってしまったのだ。

 

 この腰の痛みの原因はなんなのか。身体的なものなのか、それとも心因的なものなのか。どうにか原因を確定しようとした著者は、そのためにいま残っている健康をないがしろにするようなことをしそうになる。

 

 しかし、結局もう腰痛などどうでもいいと開き直り、薬を投げ捨て自由な行動をとるようになると、少しずつ著者は治っていくのである。

 

 ひとはさまざまな要素からできている。著者は男で、探検家で、「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをして、それを面白おかしく書く。 をモットーに執筆活動をつづける辺境作家」である。それ以外のまだまだたくさんの要素からできたひとりのひとである。しかし、そういったさまざまな要素が「腰痛」に塗りつぶされそうになり、自分=腰痛という状態になりかけるが、どうにかそこからの脱出を果たした過程がこの本なのではないかと俺は思う。

 

 俺は『腰痛探検家』を読み終えてから、勝手にタイトルの「腰痛」を自分の身の回りのさまざまなことに置き換えてみた。「仕事」であったり、「音楽」であったり、「好きなひと」であったり。俺はそうしたさまざまなことについての探検家であるとはとてもじゃないが言えぬが、でも雑多な要素が集合して俺という人間はできているとぼんやりと思った。

 

 とにかくこの本を読み終えて思ったことはひとつの要素に支配されることは危ないことだ、ということだった。でも、そうしてのめりこめるものがあるというのは、おもしろいことでもあるよなあということだった。

 

 危険を伴う腰痛を巡る探検がつづられたこの本はおもしろいから読んでみるといいんじゃないかと思う。人間関係で袋小路に陥ってしまったと感じているひととか、その悩みにこの本はあんがい効くんじゃないか。最終的に世界にはものが過剰なほどあり、目を向ける場所を変えればどうにかやっていけるとか思わせてくれる本だと個人的には思うから。あと単純に笑える。おすすめ。

 

 

腰痛探検家 (集英社文庫)

腰痛探検家 (集英社文庫)