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読書の感想とか

いつのまにかすりへっていたなにかについて(『アメリカン・スナイパー』クリス・カイル)

 話す内容はふたつに分けることができる。現実の出来事(昨日のテレビ番組、隣の猫が消えた、会社のおおきな取引が終了した、友人のおもしろいくせ)と、それに対する自分の感想(おもしろかった、心配である、ちょう疲れたけどおれすごくね、そういうとこが好き)である。こう言い換えることもできる。世界についてと自分について。

 

 なぜそんなことを書いたかというと、『アメリカン・スナイパー』には後者のことがほとんど書かれていないと思ったからだ。この本を読んでいる最中に感じたことについて書く前に、作者とその内容について軽くまとめる。

 

 レッドネックだと自称する青年が軍隊に入り、その中でのしごきやいじめ、そして実際の戦場での経験をつづった自伝である。作者であるクリス・カイルは狙撃手として敵兵160名を殺害し、味方からは「ザ・レジェンド」と呼ばれ、敵からは「ラマディの悪魔」と恐れられるほどに活躍した優れた兵士だった。

 

 時系列順にこの本は構成されており、上記の内容をおおざっぱに並べると次のようになる。

 

 入隊するまで

 ↓

 軍隊での訓練と仲間との交流

 ↓

 戦場での経験

 

 作者の妻のコメントが所々に挿入されており、彼女の書こうとしていることと作者の書こうとしていることのずれが、この本をおもしろいものにしている。作者はおおむねどういったことがあったかを客観的に書こうとしており(あるターゲットを狙撃したときの装備、距離、観測者との会話など)、妻はさまざまなことに対して自分の気持ちを主観的に書こうとしている(夫が戦場にいることへの心配、子どもを産むことへの不安)。

 

 ここまで内容と構成についてごくごくおおざっぱではあるがまとめた。ここからは個人的な感想について書く。

 

 この本を読み終えたあとに残っているのは虚無感だった。作者はもしも戦場で死ぬことになったとしてもそれは仕方ないことだと思っており、「おれはそのうち死ぬ。きみはほかの男を見つけてくれ。こっちではいつも誰かが死んでいる。死んだ男の奥さんは別の男を見つけているよ」と妻に対して語る。

 

 上記は作者に病気の疑いがかかったさいの言葉である。それに対して妻は「でも、あなたには息子がいるのよと返す。「だから何だ? ほかの男が見つかれば、そいつが息子を育てるさ」と作者は言う。そして、妻はこう思う。

 

 

クリスはあまりにも頻繁に人の死を見ているために、人は代わりがきくと思い始めているんじゃないだろうか。

 

 この本はおもしろいからいろいろな読み方ができると思う。その中でも俺は作者の物事を判断する乾き具合がいちばん印象に残った。とにかくおもしろい本だった。

 

 

 

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)